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いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます。/ ホラー小説

公開日: : ショート連載, ホラーについて

いつもきれいに

■トイレのエチケット

 

 

 

『いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます』

 

 

そんな風に書かれたコピーは、なんだかほっこりさせてくれるが、気分の悪い時に見ると嫌味にしか思えない。

 

 

人の心はそれだけアンバランスだと言えるが、まぁそもそも用を足すだけの時間しかそこには滞在しないのだ。

 

 

手を洗って出るころには、そんなコピーがあったことさえも忘れてしまう。

 

 

うちの事務所は、都市部の中心にあり、トイレもショッピングモール……いや、もはやホテルのトイレくらいに清潔にされていて、綺麗だ。

 

 

トイレ特有のアンモニア臭や、汚水の香りもなく、なんならラベンダーの匂いがほのかに漂ってくる。

 

 

《せめてトイレくらいはリラックス》

 

 

とでも言いたいのか、とにかく綺麗なのだと言いたいわけだ。

 

 

 

■特有の不快さのないトイレ

 

 

 

古今東西、トイレと言えば怪談や都市伝説と切っても切れない関係にあるといえる。

 

 

学校の怖い話や、公園の怖い話、会社の怪談やいわっくつきの場所にトイレがテーマになることは多い。

 

 

だが、それっていうのはジメジメした所謂《如何にも》と言ったトイレに限定されるのではないだろうか。

 

 

少なくとも俺は、そう思っていたから、うちの会社にそんなものは無関係だと思っている。

 

 

それは、この『いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます』というコピーにも込められているのではないか。

 

 

とある日、俺はそんな綺麗なトイレの個室に入り、全室洋式便器であるそれに腰を下ろした。

 

 

腰を掛けると、目の前にドアがあるのだが、丁度目の高さくらいの場所にやはりそのコピーがあった。

 

 

『いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます』

 

 

ここにも書いてるのか……結構、細かいんだな。

 

 

ポケットからスマホを取り出して、操作する。

 

 

リラックスできるのはいいが、出来過ぎるのは考え物だな。

 

 

なぜなら、こんな風に別に用が無くてもゆっくりしてしまう。

 

 

……ん、まぁだから『リラックス』なんだろうけど。

 

 

そんな風に自分に納得させた俺は、ふと目の前のコピーを、何気なし見た。

 

 

『いつも痛くして頂いてありがとうございます』

 

 

「……は?」

 

 

なんか、今変な風に読めたぞ。

 

 

痛い……?

 

 

目が疲れているのかと思い、右手の人差し指と親指で瞼の上から眼球をマッサージし、もう一度見直した。

 

 

 

■『いつも……』

 

 

 

『いつも上を見ていただき、ありがとうございます』

 

 

(上……?)

 

 

反射的にそれが気になってしまったが、ちょっと待て。

 

 

明らかに最初に書いていたコピーと違う。

 

 

おかしい、普通に考えても、『上を見て頂き』なんて意味不明すぎる。

 

 

俺は、妙な気持悪さに襲われ、体中から汗が噴き出した。

 

 

――落ち着け。これはきっと気のせいだ。きっと、疲れているんだって。

 

 

誰かが見ているわけではないが、俺は平静を務めようと、再びスマホに目を落として操作を始める。

 

 

そうしている間にも、トイレに入ってきて用を足しては去っていく気配がいくつもした。

 

 

――そうだよ。ここは会社の綺麗なトイレなんだ。そんなおかしなことがあってたまるか。

 

 

無理矢理自分にそう言い聞かせると、俺はわざと笑った。

 

 

――よし、大丈夫。もうあんな見間違いはしない。

 

 

俺は三度顔を上げ、目線のコピーを見た。

 

 

『上を見ろ』

 

 

「いっ!?」

 

 

 

■リラックスできるトイレ

 

 

 

そのコピーは、問答無用で怪異であると俺に知らせた。

 

 

体中の毛穴が開き、汗が噴き出す。

 

 

気付けば、鼻をくすぐったラベンダーの香りは、トイレ特有の不快な汚臭へと変わっていた。

 

 

――ヤバイ!

 

 

反射的に思った俺は、その個室を出ようと立ち上がったその瞬間、乱暴に扉を叩く音に思わず立ち上がろうとした腰が抜ける。

 

 

「ひぃああ!」

 

 

『上だ! 上を見ろ! 上を見ろぉおお!』

 

 

バンバンと何度も叩く音に威圧され、俺は動けない。

 

 

あんなに明るい空間は、赤暗くなり、川のせせらぎがBGMだったのは、たちまち複数のうめき声に変わっていた。

 

 

その全てを理解した時、俺はもう引き返せない地獄に来てしまったのだと悟った。

 

 

「助け、タス……たすたす……」

 

 

『上だ! 上を見ろ! 上だ上!』

 

 

なぞの恐ろしい声に囃し立てられ、俺はほとんど放心状態のままその声に従った。

 

 

ガタガタと歯と歯がぶつかり合う音を頭蓋で聞きながら、ゆっくりと上を見ると、ずるずるに皮膚が爛れた子供が仕切りと天井の間の隙間にびっしりとひしめいていた。

 

 

「ひゃあああ……!」

 

 

子供たちは、恐怖で失禁する俺を見てニヤニヤと笑いながら、「おしっこ漏らしたおしっこ漏らした」と喜び、キャッキャッとはしゃぐたびに、爛れた口から強烈な悪臭を吐く。

 

 

そして、1人の子供が「ここトイレだし、それにあの人漏らしちゃってるけど、ちゃんと便器の上だからオッケーじゃない?」と言った。

 

 

その意見に、子供たちは「はははははは」と笑いながら納得したようだ。

 

 

「お兄ちゃん、許してあげる。それじゃあ引き続き……」

 

 

 

『いつも綺麗に使っていただいてありがとうございます』

 

 

 

 

 

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